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第1話:ドッペルゲンガーあるいは影の病のこと

 もしも私の他にもう一人の別な私がいて私自身のまったく(あずか)り知らぬところで何かをしでかしているとしたら、それはもう考えるだけでもぞっとする話に違いありません。そのような現象をドイツ語ではドッペルゲンガーDoppelgängerと呼び、古くから神話や迷信の中で語られ、また文芸作品の題材としてもよく取り上げられてきました。近年では映画やアニメなどのサブカルチャーの中でも定番の設定として用いられますが、古いところでは1913年に作成された「プラーグの大学生」というドイツ映画が有名です。

 日本ではこれを二重身と訳していますが、死の前兆である「影の病」として古くからよく知られてきました。医学的には自己像幻視(オートスコピーautoscopy)と呼び、芥川龍之介も自殺する直前にこれを体験したといわれています。一方、フランス語にはソジーsocieという言葉があり、いわゆるそっくりさんを意味するものとして日常的に使われています。たとえばお笑い芸人のノッチは元オバマ大統領のソジーであるといった具合に。そして、自分自身のそっくりさんをオートソジーautosocieと呼びますが、これはもうドッペルゲンガーとほとんど同義語といっても差し支えありません。

 ところで、精神科医でありニジンスキーの研究者としても有名であった石福恒雄によると、二重身には形式上、見えるものと見えないもののふたつの種類があるといいます。そして、見えるものはさらに自己像幻視と鏡像重複体験に二分され、見えないものは実体的意識性による二重身と体感幻覚型の二重身、および二重身妄想に三分されるとのことです。

 これらの中で、二重身妄想は妄想なので割愛しますが、自己像幻視は既に述べたように二重身の中核をなすものです。統合失調症に多い現象ですが、解離性障害でもよく見られます。実際、複雑性外傷後ストレス障害complexPTSDや解離性同一症DIDのような重度の解離性障害の患者さんたちの話をよく聞いてみると、背後や天井から自分自身を見ているような感覚を訴えることが珍しくありません。また、鏡像重複体験というのは鏡の中にもう一人の自分の姿が本人の鏡像と一緒に映り込む現象で、リンカーン元大統領がしばしば体験したということが都市伝説のように伝えられています。

 次に、実体的意識性による二重身も時折見られます。この実体的意識性というのは少し説明が難しいですが、知覚することなく実体的に知ることができる現存感のようなものをいいます。分かりやすく言うと背後から見られているように感じるもう一人の自分や何者かの気配のようなものです。それゆえ、人によってはこれを気配過敏症状と呼ぶこともあります。この実体的意識性が背後の空間からもう少し体の近く、例えば体から数センチ離れた場所や体の内部に感じられれば、体感幻覚型の二重身になるというわけです。

【参照文献】
・石福恒雄著:精神病理の地平へ.創樹社,1986.
・柴山雅俊:解離性障害-「うしろに誰かいる」の精神病理-(ちくま新書).筑摩書房,2007.