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第11話:イタコとユタ

 以前、NHKのブラタモリという番組を観ていたら下北半島にある恐山の特集をやっていました。番組をご覧になった方は、地獄のイメージとは程遠いあのコバルトブルーに輝く美しいカルデラ湖の風景にさぞやびっくりされたことでしょう。今からおよそ30年前の夏、私はひとりであの宇曽利湖から流れ出る正津川の河畔でテントを張って一泊したことがあります。なんだってそんな所に泊まったのかというと、恐山菩提寺の夏の大祭を見物するためでした。夏と秋の年2回開催される例大祭の間だけ、寺の鑑札を受けたイタコたちが境内で口寄せをするため青森県内全域から集まってくるのです。当時の私は津軽地方のゴミソ系カミサマを調査するため岩木山赤倉沢というところに足繁く通っていました。

 少し専門的な話をさせていただくと、青森県内にはイタコとゴミソという2系統のシャーマンがいます。イタコは口寄せ系の歩き巫女(みこ)の系譜に属する修行型のシャーマンですが、ゴミソは啓示型あるいは召命型といわれるシャーマンです。どこが違うのかというと、イタコは盲目の少女が初潮前に師匠となるイタコに弟子入りし、何年かの修行を経た後に卒業試験のようなものをクリアして独り立ちするのが原則ですが、ゴミソは大人になってから巫病(ふびょう)といわれる何らかの精神的変調を経て、いわば神様に召し出される形で成巫(せいふ)します。また、イタコは基本的に亡くなった人の霊を降ろす(ほとけ)(ぐち)が専門ですが、ゴミソは仏口だけでなく神霊を降ろす(かみ)(ぐち)なども行います。

 青森のイタコと並ぶくらい有名なシャーマンに沖縄のユタといわれる人たちがいます。彼らも口寄せ系の歩き巫女の系譜に属しますが、修行型ではなく啓示型あるいは召命型のシャーマンです。したがって、ほとんどのユタがカミダーリと呼ばれる激しい病的体験を経験します。沖縄にはもうひとつノロと呼ばれるシャーマンもいますが、こちらは神和(かんなぎ)系の神社巫女の系譜に属する修行型のシャーマンです。ちなみに、ユタの職能には仏口に相当するミーサーあるいはミーグソーバンの他にも様々なものがあり、それぞれ専門分野というか得意とする領域があります。さらに、宮古島では仏口を専門とするスンガンカカリャが沖縄本島のユタに相当するカンカカリャとは明確に区別して扱われています。

 こうしたユタやイタコのようなシャーマンを「野のカウンセラー」と呼ぶ人たちもいますが、アンリ・エランベルジェの「無意識の発見」によれば彼らこそが精神科医やカウンセラーの遠い祖先であり原型です。しかも、彼らは精神科医以外にも様々に形を変え今日までしぶとく生き残ってきました。たとえば街角の占い師であるとかちょっと霊感のあるマッサージ師や飲み屋のマスターなど、一見するとシャーマンとは分からない形でそこかしこに潜んでいます。そうした特徴を捉えて現代型あるいは都市型シャーマニズムと名付けた人もいますが、現代のシャーマンは青森や沖縄のような地方ではなくむしろ人の多く集まる都市の中で、人と関わる何らかの職業に従事しながら市井に紛れて生活しているのです。

 ところで、正津川というのは三途の川の訛伝(かでん)ではないかといわれていますが、川に架かっている朱色の古い橋はソウヅカ橋とも呼ばれています。つまり、三途の川の渡し守であるソウヅカババア(葬頭河婆)を象徴し、橋の彼岸があの世で此岸がこの世ということになります。私はたまたま橋の手前にテントを張って寝たのですが、もしも対岸で寝ていたら今頃どうなっていたことでしょう。諏訪縁起に出てくる甲賀三郎のように夢の中で冥界巡りをしていたかもしれませんね。それはそれで面白かったに違いないとは思うのですが。

恐山のイタコによる仏降ろし

【参照文献】
・アンリ・エランベルジェ(木村敏・中井久夫監訳):無意識の発見(上・下)-力動精神医学発達史.弘文堂,1980.