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第2話:当世エクソシスト事情

 平成29年8月に放送されたNHKのドキュメンタリー番組で、イタリアのエクソシスト養成講座のことが紹介され巷のちょっとした話題となりました。それによるとイタリアでは悪魔祓い(エクソシズムexorcism)を希望する人が年間50万人もいて、バチカン公認のエクソシストが240人いるとのことです。またその年のエクソシスト養成講座は全世界から350人も集まる大盛況であったといいます。

 現在のフランシスコ法王は自らもエクソシズムを行ったことがあるのではないかと噂されるほどこの問題に熱心ですが、実は前任者のベネディクト16世が2007年にエクソシズムを公に認める発言をしたのがそもそもの発端でした。それ以前にもバチカンが公認したエクソシズムはありましたが、半ば公然の秘密とされ語られることは滅多にありませんでした。しかし、たとえば中世の有名な幻視者で女子修道院長でもあったビンゲンのヒルデガルトは、自らに悪魔を取り憑かせて治療したというような話が記録にも残っています。

 ところで、一般には知られていないようですが、2013年に出版された米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』(DSM-5)では、それまで特定不能の解離性障害の中に分類されていた憑依トランスを、憑依型の解離性同一性症DIDと名称変更した上でDIDの中に取り込みました。つまり、憑依の一部をDIDとして認めたわけです。ただし、文化的または宗教的に許容された憑依は正常なものとして診断基準から除外されたため、厳密にいうとエクソシズムにおける憑依現象はDIDとはみなされません。しかしながら、従来から交替人格と憑依霊が混在する事例があることは知られていたので、あらためて交替人格と憑依霊との類似性が再検討されるきっかけにはなるかもしれません。

 実際、DIDの治療にはエクソシズムと共通するところが多々あります。たとえば、代表的な治療法のひとつである自我状態療法では、催眠下で交替人格にアクセスして様々な介入を行っていきます。その経過の中で霊的存在と思しきものと遭遇することもしばしばあり、アリソンのように積極的にそうしたものと関わろうとする治療者もいます。とはいっても、エクソシストのように自らに霊を取り憑かせるようなことはしないでしょうが。

 それにしても、交替人格と憑依霊の関係は非常にデリケートかつ興味のつきない問題です。はたして憑依霊は交替人格のバリエーションのひとつなのでしょうか。もしそうであるなら、憑依霊はその人の意識の外部に由来するものではなく内部に潜んでいたものということになります。そして、内部といっても顕在意識から潜在意識である無意識まで広大で、どこをもって外部との境界とするかは極めて難しい問題です。一体全体、憑依霊はどこから来たのでしょうか。

【文献】ラルフ・アリソン著、藤田真利子訳:「私」が、私でない人たち-〈多重人格〉専門医の診察室から.作品社,1997.