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第5話:ややこしや、嘘が真(まこと)で真が嘘か

 現在の分類システムでは、解離性障害は心的外傷後ストレス障害PTSDや身体化障害などとは別な分類項目になっていますが、本来これらは同じようなものとみなされてきました。そしてその古い呼び名はヒステリーでした。ヒステリーというとヒステリー性格(現在の分類では演技性パーソナリティ障害)のように、わざとらしい作為性や操作性ばかりが目に付いて、虚偽性障害や詐病などと混同されることがしばしばありました。

 一般に、解離性障害、虚偽性障害および詐病の三者の鑑別は、症状の意図的産出の有無と疾病利得の内容によってなされてきました。すなわち、症状を意図的に産出していなければ解離性障害で、意図的に産出しているもののうち単純に病気になることや病気になることによって周囲の関心を惹いたりするのが目的であれば虚偽性障害、そしてさらには経済的利益や義務の免除など明らかな二次疾病利得に基づいていれば詐病とみなされてきたわけです。しかし、事態はそれほど単純なものでもなさそうなのです。

 特殊なもうろう状態で的外れ応答を特徴とするガンザー症候群という病気があります。かつてこれは詐病の一種と考えられてきましたが、1990年代以降は解離性障害の中に含まれてきました。しかし、近年再び詐病との関連性が指摘され、DSM-5ではとうとう扱いあぐねたのか記載からも漏れてしまいました。つまり、精神疾患と詐病との間をまるでこうもりのように行ったり来たりした挙句、最終的にはうやむやになってしまったわけです。

 さらに付け加えると、心因性詐病精神病という病気があります。これは刑務所や強制収容所など特殊な状況下における拘禁反応で、初めは意図的に症状を産出していたものがやがて本人の意図を超えて本当の精神病状態に至るというものです。いうなれば、嘘(詐病)も積み重ねると真(精神疾患)になるということですが、オウム真理教の松本智津夫元死刑囚がそうではなかったかと疑われています。もしこうしたことが実際にあるとするなら、詐病から解離性同一症DIDのような重度の解離性障害に移行することもあり得るということになります。

 さて、何らかのトラウマ体験がきっかけとなり心的システムに破綻が生じると、3つのFと呼ばれる生体の防衛反応が発動します。すなわち逃避flight、闘争fight、不動freeze、の3つです(服従submissionを加えて4つとすることもあります)。これらが複雑に絡まり合って解離症状を形成しますが、意図的ではないにせよ当初は何かから身を守るという明確な目的があったということになります。そうするとそれは詐病における二次疾病利得のような目的と明確に区別することがそもそも可能なのかという疑問が生じてきます。

 もちろん、DIDのような重度の解離性障害と詐病は明らかに異なるものです。たとえば、真正のDID患者はそもそも自分の症状に気がついていないか、あるいは気がついていたとしても詐病のように人に訴えたりすることはせずむしろ隠そうとします。いい方を変えると、詐病は人を欺くがDIDは本人を欺くというようにいえるかもしれません。このように、解離性障害と詐病は虚偽性障害を挟んでまるでひとつの連続体を成しているかのように思われるときがあります。つまり、嘘が真で真が嘘となるような何ともややこしい関係性がそこにはあるのではないかと思うのです。

【参照文献】
・マーク・D・フェルドマン(沢木昇訳):病気志願者-「死ぬほど」病気になりたがる人たち-.原書房,1998.